IKH - 新知創造学際ハブ

Q-ONDAユニット研究会(首里城の塗料再現のための試料分析)を開催しました

2025年10月20日、Q-ONDAユニット第3回研究会がオンライン開催されました。

話題提供者は琉球大学 理学部 物質地球科学科の小林 理気 氏で、タイトルは「見えない内部を視る:琉球王朝伝来日本刀の内部構造解析と首里城正殿板壁再現のための塗膜片試料分析—SR2A最新動向を交えて」でした。参加者は10名でした。

量子・光非破壊解析ユニット Q-ONDAとは

「量子・光非破壊解析ユニット Quantum & Optical Non-Destructive Analysis」Q-ONDAのロゴマーク

新知創造学際ハブの「ユニット」とは、学際ハブで繋がる多くの分野の研究者たちがテーマを絞って情報を共有し議論する場です。

文物の科学調査では、研究対象を傷つけることが許されない、つまり非破壊での調査が求められる場面が多くあります。量子・光非破壊解析ユニットは、量子ビームや光などさまざまな非破壊分析手法の特性や長所・短所などを把握し、議論を通して参加者それぞれが異なる手法をうまく組み合わせていく手掛かりをつかめれば、という思いで発足しました。分析するだけでなく、その結果をもとに理解していくという意味で「解析」という言葉を用いています。

SR2A2025参加報告

米国の学会会場入り口の写真
(発表スライドより)SR2A会場

小林氏は、2025年10月にロサンゼルスで開催された国際学会 Synchrotron Radiation and Neutrons in Art and Archaeology(SR2A)の参加報告をしました。この学会は、 芸術と考古学分野に関して量子ビームをどう活かすかを議論する場で、ヨーロッパを中心とする17か国から100名弱が参加し、36の口頭発表があったそうです。小林氏は、その中から特に興味深く感じた以下の4つの話題を紹介しました。

  • 新しくコンパクトな光源(レーザー逆コンプトン散乱)の開発(アメリカ)
  • 鳥の羽の構造色をX線小角散乱で見る(オランダ)
  • 世界中の紙の繊維配向解析をX線小角散乱で見て分類する(ドイツ)
  • X線の照射による文化財のダメージ評価(イタリア)

この学会には放射ダメージについて議論するワークショップもあったそうです。

小林氏は博物館ごとに、小さな放射光施設を持てるようになれば、文化財の持ち出し問題は解決するのではと述べました。

Synchrotron Radiation and Neutrons in Art and Archaeologyと書かれたウェブページのアイキャッチ画像
SR2Aのページ

学際ハブに参画した経緯

燃える首里城の写真の上に、この火事で500の文化財が失われたと書かれている
(発表スライドより)首里城消失の衝撃

小林氏は琉球大学で物理学の研究室 多重自由度相関研究室(MFCL)を主宰していますが、首里城の消失を目の当たりにして、文化財の完全なデジタルアーカイブを取れないかと考えるようになりました。「完全な」とは、文化財を構成する全元素の三次元座標情報です。完全なデータがあれば、将来修復できるかもしれないという考えです。

解像度は1オングストローム程度必要と考えているので、2次元ではTEM, STM, AFMが達成していますが、3次元ではμXCTが(20 nm)3と、まだまだです。全く新しい測定手法を考えないと難しいかもしれません。またデータ容量の問題もあります。例えば1円玉の全3次元座標情報を保存しようとすると、500 PB(ペタバイト、ペタは1015を意味し、1 PB=1,000 TB)ものデータ容量が必要です。これも現時点では現実的ではありません。

そこで、文理融合型デジタルアーカイブを考えました。文化財の本質的価値(文系知)を解明し、デジタルアーカイブ(理系知)を非破壊で取得するというものです。

沖縄の日本刀

日本刀とは、日本固有の鍛冶製法によって作られた刀類の総称です。切れ味と耐久性を追求した結果、究極的な機能美が出現したと考えられています。

日本刀を科学的に見ると、扱っているのは鉄と炭素だけなのですが、炭素量を微妙にコントロールしながら作られていることが分かります。フェライト(酸化鉄を主成分とするセラミックスの総称)・マルテンサイト(酸化鉄を焼入れするとできる鉄の結晶で、非常に硬くて脆い)・セメンタイト(鉄と炭素の結晶:Fe3C)・パーライト(フェライトと板状のセメンタイトが積層した鋼)の三次元的分布状態が日本刀の価値を決めていると言えます。

日本刀の断面図とその解説
(発表スライドより)日本刀の構造と特徴
鉄-炭素二元系平衡状態図
(参考図)金属材料研究所 ものづくり基礎講座(第61回技術セミナー)「鉄鋼材料の基礎」資料より引用

小林氏は、これを平安時代からやっているというのは凄いことであると考え、上記4つの三次元分布のデータ化を目指して研究を開始しました。対象としたのは、琉球王朝に伝わる宇久田家の日本刀です。文献によると首里王朝から一振の刀を与えられたと伝えられていて、宇久田家に伝わる刀のうち、どれが首里王朝から来たものかに関する情報を得ることも目的の一つです。

日本刀を所蔵する「沖縄県立博物館・美術館」のスタッフを含む日豪の研究グループを結成し、実験は中性子施設オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)で行いました。

まず、非破壊で残留応力やひずみを測定できる「コワリ」と呼ばれる装置を使いました。コワリとはオーストラリアの砂漠にすむ有袋類の一種の名前です。この測定により、「脇差」ではマルテンサイトがしっかりできているのに対して、「刀」ではそうではないことが分かりました。また、負の残留応力があるということは、焼き入れをしっかりしていることを示しますが、「刀」の方はあまり残留応力が検出されず、焼き戻しが起きているのではないかと推定されます。

刀と脇差の写真
刀はほぼまっすぐな直刀、脇差は湾刀
(発表スライドより)測定対象とした「刀」(上)と「脇差」
外国人女性が映っている大きな実験装置の写真と、動物のイラスト
(発表スライドより)中性子実験装置コワリの紹介
直刀の中性子分析結果イメージ
(発表スライドより)「刀」の残留応力の測定結果
湾刀の中性子分析結果イメージ
(発表スライドより)「脇差」の残留応力の測定結果

また、中性子CTイメージングの装置を使い、密度の分布をみると、刀身を貫いて帯状に密度の高いところが見えました。また、脇差は刃の方に酸化物が多く、刀はほとんど酸化物が見られないことが分かりました。制作工程の情報が見えていると考え、研究グループはさらに解析を進めていく予定です。

首里城の塗膜片試料

首里城は2026年秋に正殿の復元が完成する予定ですが、この復元工事は1768年の解体修理記録を基にしています。

玉座の裏の壁の「桐油黄塗り」について、平成の復元では、その字の通り、琉球王朝しか使えない神聖な色とされる黄色に塗られました。その後の研究により、「桐油黄塗り」は黄色ではなく、赤茶色の塗料だと言われています。令和の復元では、土に含まれる酸化鉄(ベンガラ)をベースとした塗料で工事を進めています。

「黄塗と黄色塗」と書かれたスライド首里城の玉座を写したモノクロ写真と解説文
(発表スライドより)首里城の玉座の写真
「現存する黄塗されたお道具帳を発見」と書かれた色とりどりのご馳走が並ぶ写真のスライド
(発表スライドより)現存する黄塗りの道具

調査が進み、伊是名島の玉御殿(いぜなたまうどぅん)という大きなお墓で行われる祭事に使われる道具が「黄塗り」されていることが分かりました。さらに、現存する黄塗りの箱が見つかり、その破片を少し分けてもらって分析を進めることになりました。

研究グループは琉球大学のほか、日本原子力研究開発機構(中性子PGA)、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(放射光)、金属材料研究所(学際ハブ)などからなります。非破壊でどこまでできるか分析した後、断面を出して分析を行う予定です。

沖縄の各地で採れる赤土をサンプリングし、粉末X線回折による結晶構造データのリートベルト解析による比較分析や、即発ガンマ線分析(PGA)を行いました。PGAでは鉄が検出されました。将来的には海外のサンプルも含め、赤土を利用した顔料の分析を計画しています。

黄塗りサンプルと書かれた方眼紙に載った試料片2つの写真
長辺で5 mm程度
(発表スライドより)黄塗りの試料
「黄塗サンプル断面」と書かれた試料片の側面方向からの写真
表面の繊維も含めて4層になっている
(発表スライドより)黄塗りの試料側面の写真

質疑応答

黄塗りの試料の即発ガンマ線分析を担当した大澤氏より、前回測った試料は小さいので不均一性を考慮してもう少し大きい(1 cm程度)サンプルで測りたいという話がありました。小林氏は、小さい試料で測ったデータで信頼を勝ち取り、次はもう少し大きい試料を提供いただけるようにしたいと話していました。さらに、ベンガラとの比較も必要だということで、小林氏の所有する粉末試料をPGA分析することになりました。

続いて、日本刀の残留応力測定について数人から質問があり、予期していない焼き戻しがあったという説について小林氏から詳しい説明がありました。また、首里王朝から伝来した刀がどれかという結論は出たのかという質問があり、小林氏は決定打はなかったと回答しました。

また、SR2Aについていくつかの質問があり、ダメージ評価など文化財の量子ビーム計測にまつわる問題についてやり取りがありました。尚、日本からの参加は今回、小林氏一人だったということで、貴重な情報提供となりました。

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