水月湖の年縞

年縞とは
過去の地質学的な情報が得られるのが地層ですが、「年縞(ねんこう)」は1年ごと季節ごとの堆積物が乱れることなくきれいに積み重なった特別な地層です。根気のいる作業ですが、順に数えていくことで、その縞模様がいつできたものか正確に知ることができます。
その年の縞に含まれる葉の化石の放射性炭素14Cの量を測定することで、その年の大気中の14Cの割合が分かり、年ごとの変動が分かります。すると、他の場所で見つかった生物になどに含まれる14Cの量との比較から、その生物がいつの時代のものか正確に分かるようになるのです。
奇跡の湖発見
福井県南西部にある若狭町の三方五湖(みかたごこ)一帯はラムサール条約に登録されています。1990年代初めに、世界的にも珍しい年縞が三方五湖の一つ、水月湖(すいげつこ)で発見されました。流れ込む大きな河川がなく、生物が生息できない環境が保たれ、しかも堆積物で埋まらないという3つの条件が揃ったため、水月湖は年縞ができる奇跡の湖となったのです。
1993年、国際日本文化研究センターの助教授だった環境考古学の創始者、安田喜憲博士を中心に、湖底の泥の層をそのまま取り出すボーリング調査が開始されました。「年縞」という言葉を産んだのも安田博士です。
年縞の学術的調査は、1993年、2006年、2012年、2014年に行われ、いずれの調査でも深さ45 mまでが連続した年縞でおよそ7万年分であることが判明しました。これは調査された中で、世界一古くまでたどれる年縞です。
世界の年代のものさしに
放射性炭素14Cの量による年代測定は、世界中の地層から掘り出された化石で行われていますが、生物が取り込む大気中の14Cの割合は常に変動しているので、単独の化石を調べただけではそれがいつの時代のものか正確には分かりません。そこで、現在から連続的に14Cの割合の変動が分かるデータが求められていました。7万年もの連続した年縞は、世界の歴史学・考古学者が待ち望んでいたものだったのです。
2012年、第21回国際放射性炭素会議は、水月湖の14Cデータを、放射性炭素の基準となる較正モデル「IntCal(イントカル)」に採用しました。水月湖の年縞のデータは「世界標準の年代のものさし」の実現に貢献し、今では学術的に欠かせないものとなっています。
年縞だけの博物館
2018年、ボーリング調査により掘り出された7万年分の年縞が展示される「福井県年縞博物館」が若狭町縄文ロマンパーク内に開館しました。4回目(2014年)のボーリング調査で掘削できた95 mの深さまでの地層が展示されています。
年縞博物館は、2023年に開始された新知創造学際ハブの参画機関の一つとなっています。
掘削調査再開
記念式典
このたび11年ぶりに水月湖の掘削調査が再開されることになりました。
この調査は、文部科学省 科学研究費助成事業(科研費)「『暴れる気候』と人類の過去・現在・未来」の一環として行われます。「暴れる気候」とは、「気候変動」でも「異常気象」でもない、慢性的に不安定化した気候状態を指します。年縞に着目することで、過去の「暴れる気候」の発生メカニズムと時空間的なパターンを明らかにすることが目的で、立命館大学の古気候学研究センター長 中川 毅 教授が代表を務めます。
6月1日、水月湖の湖畔で福井県主催の「水月湖年縞掘削・研究記念式典」が行われ、年縞博物館の竹内健一郎館長、山根 一眞 特別館長が挨拶を行いました。


今後のボーリング調査について
式典の後、1993年の調査から参加していたという中川 毅 教授が、自ら開発したボーリング調査後のコアの抜き取りマシンを披露しました。一度に掘削できる深さ(パイプの長さ)は、これまで1 mでしたが2 mとなりました。掘削後のパイプは水月湖畔の仮設ラボに運ばれますが、年縞を乱さないように取り出さなければなりません。そのために、年縞を押し出すのではなく、パイプを抜き取るという逆転の発想で作られたのが、新開発の抜き取りマシンです。
また、実際に掘削を行う株式会社 西部試錐工業の北村 篤実 会長が紹介されました。北村会長は年縞のボーリング調査3回目のベテランですが、今回の調査で引退が決まっています。
ボーリング調査は、直前に年縞調査が行われたマヤ遺跡から掘削機が届き次第、7月下旬ころまでの予定です。


6月中旬には水月湖中央に移設し、掘削機が設置される予定

「今日は北村会長をヒーローにしたい」
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